
身辺のものをどんどん整理するとさっぱりしてくる。
気持ちがよい。
写真もあまり残っていない。
いつ死んでもいい。
過去が減ると生きている感覚が希薄になる。
また、新しく生きていく気持ちにもなる。
(via sa)
僕は故郷への手紙をかいた。
鴉のやうに零落して
靴も運命もすり切れちやつた
| — | kizasi.jpで見る「詩」を含むブログエントリー - 萩原朔太郎 「郵便局の窓口で」 (via jinon) (via tyzm) (via miyavi) (via qiring) (via dix-neuf) (via thinkupstudio) |
他人はどうでもいいじゃないか。他人のことが頭に来て、他人がやらないことが問題なんだということではなく、自分がやれるかやれないかが問題なんだ
| — | (2) Tumblr (via thinkupstudio-plus) |
超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?
誰でも幸せに生きる方法のヒントだ
もっと力を抜いて楽になるんだ。
苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。
この世は空しいモンだ、
痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。
この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。
汚れることもありゃ背負い込む事だってある
だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。
この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。
見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。
味や香りなんて人それぞれだろ?
何のアテにもなりゃしない。
揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。
それが『無』ってやつさ。
生きてりゃ色々あるさ。
辛いモノを見ないようにするのは難しい。
でも、そんなもんその場に置いていけよ。
先の事は誰にも見えねぇ。
無理して照らそうとしなくていいのさ。
見えない事を愉しめばいいだろ。
それが生きてる実感ってヤツなんだよ。
正しく生きるのは確かに難しいかもな。
でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。
菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。
愉しんで生きる菩薩になれよ。
全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな
適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。
勘違いするなよ。
非情になれって言ってるんじゃねえ。
夢や空想や慈悲の心を忘れるな、
それができりゃ涅槃はどこにだってある。
生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。
心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。
この般若を覚えとけ。短い言葉だ。
意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。
苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。
嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。
今までの前置きは全部忘れても良いぜ。
でも、これだけは覚えとけ。
気が向いたら呟いてみろ。
心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。
いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?
『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』
『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』
心配すんな。大丈夫だ。
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あるジャンルでは無能な人が、別のジャンルでは有能です。
ベートーベンが原始時代に生まれたら、ただの耳の不自由な使えない人間だったかもしれないと言う話があります(私の言葉ではありません。耳の不自由な肩を揶揄する意図の文章ではありません)。
かく言う私も、原始時代に生まれたら、体力がなくて狩りの役に立たない、ただ壁に変な絵を描くしか能のない足手まといだったかもしれません。
人は自分の「居場所」を見つけられることが、最大の幸せかもしれません。そのことに長い長い時間を費やすケースもあります。いまだに旅の途中だという方もおいででしょう。しかしゴールは明日かもしれません。
| — | あつじ屋日記 他人から否定された方へ (via ginzuna) |